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織田信長が成し遂げた偉業まとめ


織田信長と言えば、ドラマに映画、コミック、ゲームなどでもよく取り上げられる大人気武将。

残虐非道なエピソードを数々を残しながらも、天下統一目前に本能寺の変により横死を遂げてしまいました。

尾張の「大うつけ」という異名に恥じることがない破天荒な振る舞いも多かった信長様。

そんな信長様であるが故に考え付いた偉業の数々を解説していきます。

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楽市楽座

当時の商人たちは「座」という組合のような所に加入していないと商売をすることができず、座や問丸、株仲間といった商業団体が利益を独占していました。

これでは新しく商売を始めようと思っても、ちょっと大変ですよね。

そこで信長は座を廃止し、自由に商売を始められるようにしたのです。自身が治める安土・金森・加納はもちろんのこと配下の武将が治める土地でも楽市楽座令を布き、商人たちの税を軽減したことから城下町には人が集まるようになりました。

しかし、人が集まっただけでは城下町の経済は潤いません。そのため、信長は宿を城下町でとるようにさせたのです。

これにより、城下町で元々商売をしている人たちの下にも利益が生まれ、経済は発展したのです。

戦に鉄砲を大量導入

この時代の鉄砲は非常に高価な武器でしたが、信長は大量に導入しました。

信長公記には「信長公は堺忠次を召し寄せ、彼を大将として徳川勢のうち弓・鉄砲の精兵二千と信長公馬廻の鉄砲五百挺、それに検使として金森長近・佐藤六左衛門・青山新七子息・賀藤市左衛門らを添えた都合四千ばかりの軍勢を率いさせた。~中略~酒井勢は旗頭を押し立て、鬨の声をあげて山上へ攻め上がった。そして数百挺の鉄砲を轟然と発射してて奇襲を追い散らし……」とあります。

信長の鉄砲隊といえば武田氏との長篠の戦いが有名ですが、本当に三段撃ちをしたかどうかは疑問視されていますが、鉄砲を大量に導入していたことは確かなようです。

火薬や鉄砲を手に入れるために有利になる堺の港を自身の支配下に置いていたことが大きく、他の戦国大名に比べて導入するための地盤が整っていたためといえます。楽市楽座で資金も潤沢にありますしね。

必要ない関所を廃止

関所というと役所的なところが管理して通行人や物流を監督しているイメージがありますが、この頃は力を持った寺社や公家などが自主的に関所を作って通行税をとることもあったそうです。

遊んでいても関所から通行税が入ってくるとか、自宅警備員にはもってこいの商売です。しかし、関所が乱立してしまったことで物流は滞り、いい感じに商業が発展しません。

人や物が入ってこないということは城下町も賑わいませんね。そこで必要ない関所は廃止、ついでに道路整備も行い、人や物の往来をスムーズにしたのです。


同じ規格に統一

様々な規格で用いられバラバラだった枡(ます)を領国内で京枡とすることを決定しました。

これにより年貢や物流の管理が正確になり、さらに管理もしやすくなりました。

また、貨幣の質の良し悪しについても全ての貨幣に対して価値比率を定めました。

有能な人材は出自国籍に問わず採用

黒人の側近・弥助がいたことは有名ですが、足軽から出世した豊臣秀吉や浪人出身の明智光秀、出自がはっきりしない滝川一益など実力のある人物に対しては、出自や国籍に関わらず配下に入れています。

戦上手や話術・交渉術が上手い人、人脈がある人等を配下においています。

結果として明智光秀に謀反を起こされてしまうのですが、先祖代々仕えていた人物以外が重要なポストにつくことが難しかった時代に実力主義で登用したのは、偉業の一つとして考えてもいいのではないでしょうか。

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